「第2回 学力向上セミナー」開催のお知らせ

なかなか日記が更新できず、申し訳ありません。

このサイトでも告知しておりますが、12月23日にNPO法人日本教育再興連盟主催で「第2回 学力向上セミナー」を開催致します。
期日も迫っておりますが、再度ご案内差し上げます。


1999年に学力低下論争が起きた時、私は兵庫県朝来町立(現朝来市立)山口小学校の一教師でした。そして広島県尾道市立土堂小学校で校長として学校ぐるみで学力向上へ取り組み、2007年の現在、政府の教育再生会議委員、中央教育審議会委員を務めるまでになりました。これだけを見ても、この10年の教育の激動ぶりが分かるかと思います。そして今、この教育の激動も、学習指導要領が改定されるという新たな段階に入っています。問題は本当に克服できるのでしょうか。私は新しい段階には新しい発想で取り組む必要があると思っています。今回のセミナーでは、これまでのセミナーとは少し趣向を変えていきます。どのように学力向上を行っていくのか、具体的な方法に踏み込んでみたいと思います。全国の学力向上へ向けた取り組みを発表、学力向上へ向けた講座、さらには、‘我こそは!’と手を上げた教師による、自分の実践をプレゼンテーションする「教育実践オーディション」も開催します。皆さんも新たな段階へ入った学力向上へ取り組みませんか?ぜひご参加下さい!

「第2回 学力向上セミナー」(詳細)

開催日:2007年12月23日(日) 9時開場 17時閉会予定
会場 :立命館大学 衣笠キャンパス(以学館) 京都市北区等持院北町56-1
参加費:2,000円(昼食費込/当日、会場にお持ちください)

プログラム
9:00 ~ 9:25 参加者受付
9:30 ~ 9:45 開会行事
9:45 ~11:15 講演「学力向上の新たな段階」 陰山英男
11:20~12:20 学力向上へ-全国の教育実践の発表
山口県山陽小野田市教育委員会/高知県室戸市教育委員会/
京都府八幡市教育委員会/東京都港区立青山小学校/
宮城県栗原市立築館小学校/佐賀県白石町立白石小学校
13:30~14:15 学力向上実践講座Ⅰ
A : 「手軽! 簡単! ICT活用法」/尾道市立土堂小学校 山根 僚介 先生
B : 「算数の教材構成法」/立命館小学校 仲里 靖雄 先生
C : 「学校ぐるみで学力向上に取り組む方法」/京都市立勧修小学校 村田 香織 先生
14:30~15:15 学力向上実践講座Ⅱ
A : 「学習カードカルタで学力向上」/日本教育再興連盟 教員事務局 三橋 勉 先生
B : 「辞書引きで子どもの脳を鍛える」/立命館小学校 深谷 圭助 先生
C : 「モジュール授業実践(音読・百ます計算・英文音読)」
/尾道市立土堂小学校 藤井 弘之 先生
15:30~17:00 教育実践オーディション

【お申込み方法】
参加を希望される方は、下の要項をご記入の上、12/20までに日本教育再興連盟関西事務局までメール(kansai@kyouikusaikou.net)またはFAX(075-634-4144)にてお申込み下さい。

件名:「第2回 学力向上セミナー」
①郵便番号・住所 ②氏名 ③職業 ④メールアドレス ⑤午後の実践講座にて、受講を希望する講座の順位(講座Ⅰ①A ②B ③C 講座Ⅱ①C ②B ③A というふうに、第3希望までご記入下さい)
※⑤について、受講講座は当日の受付にてご案内致します。なお、希望多数となった場合、ご希望に添えない場合があります。


●ご来場の際のお願い
飲食は所定の場所で行って下さい。/お車でのご来場は固くお断り申し上げます。公共交通機関をご利用の上、ご来場下さい。

2007年12月12日

ビックニュースです。

本日、ビックニュースが入ってきました。

大学・社会人ドラフトで、西武第3位指名の藤原良平君は、山口小学校の卒業生です。私は、5・6年生を担任していました。

彼は小学生時代、とにかく野球に燃えていました。なかなか自分の思うようになっていなかったようですが、最後まで決して諦めていなかったのですね。非常に素晴らしいと思います。

また、彼が試合などで出てきましたら、応援してあげてください。

藤原君、本当におめでとう!頑張ってください。一軍デビューを待っています。

2007年11月19日

いじめ問題について

 数日前に、いじめの件数が昨年より6倍に増えたとの報道がされました。このような結果になったのは、今年、いじめの定義が変わったことによります。

 これを受けて、マスコミ各社は、一斉にこのいじめ件数増加について報道し始めたことは、皆さんもご存知だと思います。その中で、いくつかの社説にも書かれていた文面が、私の目を引きました。それは、“いじめの件数を示す数値よりも、実際の指導の方が大事だ”というものです。指導に力を入れること。このことは、私が以前より気になっていたことです。

 私の担任時代、子ども達の中でいじめが起きたことがありました。当たり前ですが、私は、なぜいじめが起きたのかを考えました。

 結果として、いじめが起きる要因は多種多様でした。しかし、ある傾向が見えました。それは、“友だちと十分にコミュニケーションできにくい子が、いじめに遭いやすい”ということでした。
 
 なぜなのか。それは、“いじめる側にも、そして、いじめられる側にも属さない、いわゆる中立な子”を見ていて気づきました。

 中立な立場でいることで、しばしば「いじめの傍観者だ。」とも言われることもあります。確かにそうかもしれません。
 
 しかし、中立な子というのは、コミュニケーションがとれ、自分の考えを相手に発信する力を持ち、人に対して優しくできる子が多いと感じています。そのような子は、まずいじめをしようと考えませんし、いじめられることはないでしょう。

 ですから、いじめを減らす指導の1つとして、人の気持ちがわかり、なおかつ、自分自身の気持ちがしっかりと発信していける、すなわち、コミュニケーション能力を高める指導を日頃から取り入れることではないでしょうか。
 
 また、いじめから身を守っていく指導も行っていくことも大事でしょう。

 皆さんが、わが子のことで、いじめ問題を考えられるときに、参考にしていただければ嬉しく思います。

 蛇足ですが、子ども達に、“学校は楽しいですか?”といったアンケートが文科省で実施されていたのを見たことがあります。その結果は、子ども達の8割が、学校は楽しいと答えていました。それ以来、いろんなところで、学校は楽しいのかという情報を、聞いたり見たりするのですが、文科省のアンケート結果のような傾向は、どこでも見られます。

 この結果を見てもわかるように、親御さんは、お子さんのいじめ問題に対して、不安に陥ったり、あるいは、子どもを疑ってかかることが過度にならず、暖かく見守っていく視点を忘れないでいることも大事だと思います。

2007年11月19日

地理の教科書の実態を見て

 数日前、ある兵庫県の中学校におじゃましました。

 そこで久しぶりに、地理の教科書を見せてもらいました。何とトップペ-ジには、アトムの漫画がありました。アトムが、「なぜ、地理を学習するのか?」というものを読み手である学生に語りかける内容だったのですが、あまりにも空虚な内容で絶句してしまいました。

 手塚治虫氏の漫画は、大人のテ-マの格調高さをそのままに残して、楽しませてくれました。シュマリという、明治維新を描いた漫画は、今もたまに出して読むお気に入りの本になっているぐらいです。天国の手塚治虫氏は、この現在の風景をどんな気持ちで見ているのだろうと、ふと考えてしまいました。

 一方、以前見せてもらった、別の会社の教科書は、漫画などない、ある程度まともな内容のものでした。

 このように、同じ地理の教科書であっても、その内容に差があるのが現実なのです。教科書の部分改訂がなされたとき、内容がよくなったものと、そうでなくなったものとに分かれた結果なのでしょうか。

 これは私の推測ですが、漫画が載っている教科書を作った人のプライドは、傷ついているのではないでしょうか。

 こうした教科書があと何年か残るのかと思うと、いたたまれない気持ちになります。

2007年11月13日

全国統一学力テストの結果を受けて

 全国統一学力テストの結果が出てきました。結果は、ほぼ予想通りの結果でした。
 
 まずその結果の概要ですが、知識・理解を問うA問題が約8割の正答率、応用力を問うB問題が約7割の正答率で、県別の格差は一部の県を除いてそう大きくないというものでした。

 まず、なぜA問題の正答率が高かったのか。その理由は、各学校の努力が定着してきているからだと私は理解しています。今や、百ます計算が子どもの心を荒らすなどという勝手なことを言う教師は、特別な思いを持つ人に限られています。それほどに学力向上の取組みは浸透しました。

 このテストの前、文部科学省は、50万人を対象として教育課程実施状況調査を行いました。その結果、平成15年にはすでに学力は向上していることを示していました。この平成15年というのは、学力低下問題が噴出し、百ます計算のブ-ムが本格化した年なのです。ところが、その学力低下問題が話題になった年に、なぜ学力が高かったのか。

 そのからくりは、試験の実施時期にあります。

 学力テストは年度の終わりに行われます。つまり、平成15年度といっても、実際は平成16年の2月に行われています。それは学力低下問題が噴出して約1年後ということで、その一年で学力向上の取組みが行われ、子どもの学力は伸びていたのです。

 何度も言いますが、知識理解などの成績は、きちんとした実践を行えばすぐに上がります。上がらないのは、上がらないような指導に終始しているからです。この間、計算や漢字などの学力向上の取組みは、全国的に広がりました。A問題の正答率が高いのは、当然だったのです。

 一方、B問題の正答率はA問題よりやや低く、それをもって応用力の不足と言われていますが、それは適正な評価ではないという気がします。というのは、あのような問題形式は、今の日本の学校教育の中にはなかった形式だからです。

 それほど高度な問題ではないが、見たことがないという点で、思うように成績が高くならないのは当然のことです。もし、来年も同じような授業をして、同じようにテストを受けさせていたら、あまり成績は上がらないでしょうが、今回のテストを念頭におけば、きっとそう困難なく、5%くらいは成績は上がると思います。

 ここで、ひとつ問題があります。

 ある新聞が社説で、テストのための授業になったら本末転倒であると書いていましたが、それはどうかということです。私は、半分はそうだが、半分は違うと思っています。というのは、対策は取るべきと考えるのです。今回、こうした過去になかったB問題が作られたというのは、こうしたタイプの問題に答えることのできる力を育ててくださいというメッセ-ジなのです。

 ある教師が研究会の場で、「今やっている授業で、あのB問題が答えられるようになりますか。」と会場の教師に聞いていました。答えられるようになると言ったものはいませんでした。また、総合的学習をやればできるようになるというものでもありません。あの問題は、まさしくああいった場面を想定した課題解決型の授業をやり、そしてそれらを文章化して考えるということを日常的にやっていくのが一番いい方法なのです。

 つまり、テストをきっかけとして授業のあり方を変えるということが求められているのではないだろうかと感じています。

2007年11月01日

大林宣彦さんとの懇談で感じたこと

 久しぶりに、映画作家の大林宣彦さんとお会いし、楽しく食事をしてきました。

 大林監督が、広島県尾道市の土堂小学校の卒業生ということは、ご存知の方も多いと思います。そのご縁もあって、過去に何度かお話させていただきました。

 我々の近況報告をしつつ、話しの中心は、やはり尾道のことになりました。

 私が、大林監督との会話の中で一番嬉しかったことは、「土堂小学校の子どもたちが、本当に子どもらしく、素晴らしく成長しているのが、ものすごく嬉しかった。」と、言っていただいたことです。

 また、大林監督が今度、尾道に自分の記念館を作られる計画があるようです。「その時には、陰山先生も協力してくださいね。」とお願いされ、私は、「喜んでしますよ。」ということも約束してきました。

 さて、尾道という町は、“坂の町”と言われるほど、坂が多く、斜面に建物が密集して立ち並んでいます。そのため、建物を新しく立て替えることが難しくなっています。しかし、その建物が良い味をかもし出し、町全体が、何か懐かしい感じを演出してくれています。そして、歴史を感じる寺が多くあります。また、斜面のふもとには、瀬戸内海が広がりっています。

 私はこの風景を思い出し、ふとヨーロッパに行った時のことを思い出しました。

 ヨーロッパの町並みというのは、古く、小粋な車がよく似合い、真っ赤な車なんかが、おしゃれに馴染んでいたのを思い出しました。日本には、そんな車が似合う町は、多くはないですが、「尾道には似合うなぁ・・・。」と、感じました。

 一方で尾道は、新幹線が止まり、東西南北に高速道路も通っています。空港も近くにあり、成田空港への直行便も出ています。そういう点で尾道は、日本中に開けた土地柄だと思います。

 このような尾道の近代性についても話していたのですが、1つの考えるべき課題が見えてきました。尾道も含め、各地で道路が多く整備されてきています。日本の道路というのは、アメリカ的発想で、交通の便を考えて、大きな道路を作りがちです。このような変化を見ていると、「道路1つと言えども、地域や風土に根ざした、小さくても、美しさを感じさせる道路作りも大切なのではないか。」と、意見しあいました。

 大林監督との懇談で感じとったことは、「今の懐かしさを残しつつ、(高速道路や、空港のような)近代性と、(昔からある)古いものとを、うまくコーディネートできたら、尾道はもっと素晴らしい町になるだろうな。」ということです。

 今は尾道に住んでいませんが、尾道にはまだ多くの人と付き合いが続いています。大林監督との懇談を通して、改めて、「これからも関わっていきたい町だな。」と強く感じました。

 大林監督との懇談は短い時間でありましたが、私にとって有意義で、価値あるものでした。

 余談になりますが、尾道が気になった方は、是非、大林監督の映画をチェックしてみてください。尾道でロケされた映画が多数あります。どれも良い映画ばかりなので、是非ご覧になってください。

2007年10月24日

フィンランドの教育現場を視察して

 9月30日に、ケンブリッジ・イートン・フィンランドへの視察を終え、帰国しました。

 その中で、フィンランドの、小学校・中学校の授業視察を通して、その教育現場の実際や、感じた事を皆さんに報告しようと思います。
 
 まず一番驚いたことは、小学1年生の教科書が大変分厚く、その内容が高度で、難しかったことです。
 
 フィンランドの教育というと、一般的には、平等性を重んじ、落ちこぼれを出さないことに主眼を置いた教育だと言われています。しかし、実際の教科書の内容というのは、1年生の段階から、非常に高度なのです。ですので当然、落ちこぼれてくる生徒が出てきます。
 
 このような時、日本では、“落ちこぼれた生徒の学力を高めましょう”といった考えを、まず持つ方が多いでしょう。しかしフィンランドでは、落ちこぼれた生徒だけを見るのではなく、“全ての子どもたちの学力を高めましょう”という考えが出てきます。これは、教育を行う上での前提条件となっています。日本の考えより、よりアグレッシブな、高度なものを狙ったものだということを感じました。

 小学1年生のみならず、小学校・中学校の全体を通して言えることは、とにかく、教科書の文字が多いことです。そして、徹底して、教科書を読ませることが重視されています。このようなことから、『フィンランドの先生は、“学習する”という言葉の変わりに、“読む”という言葉をよく使う』ということが、ある本に書いてあったのを思い出し、「なるほど。」と納得しました。
 
 このように、非常に高度な内容を早い時期から読ませ、そして、様々な学習作業をさせています。ここが、フィンランドの教育の大きな特徴と言えるでしょう。

 もう1つ特徴的だったのが、生活単元学習です。
 
 例えば、小学校1年生では、学校に生息しているキノコを、自分たちで採ってきます。それを図鑑で調べます。そして、調べた内容を、国語の時間にまとめます。ここで、キノコの情報が、生徒の頭の中に詳しくインプットされます。その情報を元に、図工の時間に、紙を使ってキノコを作っていました。

 このように、ごく身近にある、1つのものを主体として、国語・理科・図工などの他科目に、連鎖的に広げられるように工夫されていました。

 私も担任時代、例えば、“食べる”や、“空を飛ぶ”ということなどを意識して、他科目にも連動させることをしていました。しかし、私がやっていた、他科目に連動させる授業と、フィンランドのそれとは、徹底的に違う点がありました。それは、『キノコを使う』ということが、ちゃんと教科書に書いてあったことです。私の場合、教科書に書かれていないことも、その重要性から、よく授業内で実験などを行っていました。
 
 このようにフィンランドでは、ある素材を核にして、どこまで他科目に広げていこうかということが、きちんと文章化・共有化されているのです。

 また、『キノコを使う』と教科書に書かれた以上、どこにでもキノコが生息していなくてはいけません。しかしそのような心配は無用で、都市部であろうと、当たり前かのように、自然がたくさんあります。フィンランドのような生活単元学習を日本で行おうとしても、十分に出来る環境ではありません。

 このことから、生活単元学習が重視されている国は、それに必要な社会環境が整備されています。ですので、教育というものが社会の中心核にしっかり位置づけられていることが、非常に特徴的でした。

 先生方については、自分の授業に、非常に自信を持って行っていたことが印象的でした。さらに驚くことに、「私は、こういうつもりで授業を行っています。」ということを、皆さんが、英語で堂々と話されていていました。フィンランド語が会話の中心になると思い、フィンランド語の通訳の方も頼んでいたのですが、実際には、ほとんど英語での説明でした。

 今まで、韓国・中国・日本を中心に、多くの学校視察を行ってきましたが、フィンランドの先生方のように、英語で意見を述べる先生には多く会った記憶はありません。ですので、普通に英語を話されている姿が、ややショッキングに感じました。

 このことから、日本の英語教育の遅れを感じ、世界の中で取り残されつつある、日本の教育を感じました。

 フィンランドの視察を終え、今強く思うこと。それは、日本の教育改革というのは、日本国内の問題を、日本のやり方で克服しようとしています。ですので、克服しようとするほど、教育の流れが日本的になってきます。これでは、ずっと狭いところで堂々巡りしてしまうだけです。

 望むならば、もう少し海外に目を向けて、今、世界では何が行われているのか、日本の教育は何を必要とされているのかを、一から考えていく視点を持たなくてはいけないように思います。

2007年10月09日

新しい指導要領について

 中教審の教育課程部会がだいぶん進んできて、新しい指導要領の骨格となる原案が、ほぼ8割以上、固まってきました。

 会議の中では、台形の面積や、少数以下第2位の計算の復活などが話題になっています。そして、尾道市立土堂小学校で行われていること、すなわち、読み書き計算のモジュール授業を、日本全国の小学校で行うような内容が模索される内容になってきています。

 このような話題がある中で、特に私の興味を引いた内容があります。それは、“各学校が、独自の新しい提案を出してきたら、その内容を積極的に認めよう”ということです。以前から、“これからは現場主義を重視しなければいけない”ということが言い続けられていますが、それを現実化し、さらに一歩進んだ方向へと進んでいます。

 その会議の席で、たまたま私の隣に、日本PTAの会長さんが座られていて、その資料を読まれて、「陰山先生、学校独自の考えここまで認めると言うのは、学校間格差が出てきてしまうってことですよね?」と、おっしゃられました。私は、「その通りです。」と返答しました。

 実のところ、すでに今でも学校間格差は発生しようとしています。しかし、それを抑制しようとする傾向が強いのです。抑制することによって、差は出にくくなりますが、反面頑張って伸びようとする学校が伸びないという結果になっています。ですから、頑張ろうとしてる学校は抑制せず、前に出していこうということなのです。それによって、日本の学校全体のレベルアップにつなげていけるのではないかと思います。
 
 このように、新しい指導要領は、全体的に非常に骨太の内容になってきたな、と感じています。

 今後皆さんは、どのような教育をしていくのかということを情報として聞き、どのような教育をすべきなのか、あるいは、変えていくべきか、考えなければなりません。そのような案が土台となり、大変素晴らしい教育が出来る、自立的な学校制度がうまれてくるのではないかと考えます。

 指導要領など、学校に関する奥深いところについては、よほど意欲のある教員でなければなかなか注目しないところですが、大きな動きは始まっています。今後ともよく注目しておいてください。

2007年10月01日

ケンブリッジ大学の高学力にある裏側

 今、イギリスにきています。

 昨日は、ケンブリッジ大学を訪問しました。皆さんもご存知の通り、世界トップレベルの大学です。そこの現地の人たちに、大変興味深い話を聞くことができました。

 イギリスは階級性が色濃い社会ですから、ケンブリッジ大学は、基本的には、進学できる人は限られているという社会的風土となっています。そういった偏った風土の中で、なぜ、世界トップレベルの学力を持つ大学であり続けているのでしょうか?

 それは、800年間の長きにわたって、“大学自体がケンブリッジの町をつくってきた”からです。その証拠として、勉学の妨げとなったり、美しい風景を乱すような、工場や建物をケンブリッジに建設することを規制しています。この規制は、個人宅も対象となっています。そして、学校の校舎はというと、中世の建物を使用しています。その古めかしい建物の中で、学生たちは寝起きをして、勉学に励んでいます。

 このように、学校内外の美しい風景を一番大事にしています。実際私が見たケンブリッジは、どこまでも美しい風景が続いていました。

 ひとつ不思議だったのは、そうした特権を温存するようなことで社会的な不満は爆発しないかということです。何年か前はいろいろな問題も多かったようですが、今は経済が順調でそうした問題はうすれています。しかし、本当ならそんな程度ではすまないと思ったのです。それについて質問すると、その方の説明では、高い福祉制度があるから問題が起こりにくいのではないかということです。

 つまり、私たちが昔学習した、『ゆりかごから墓場まで』といった環境は、今もあるということなのです。出産費や医療費も無料ですし、教育費もほぼ無料です。ですので、日常生活で不満を持つ人はいても暴動が起こるようにはならないし、そうした社会的弱者へ配慮ができることがリーダーの条件でもあるようです。
 
 一方、勉学は厳しく、試験の結果は全て公開であり、入学時の成績は多少低くても入る事もできますが、ちょっと気を抜いただけでも出ていかなければなりません。

 こうした、社旗風土が根本からちがうことを痛感しました。

2007年09月26日

安部総理の退陣表明を受けて

 安倍総理の退陣表明には本当に驚きました。教育再生会議の最終報告に向け、相当の頻度で開くという話が聞こえていましたから。私もまさかと思いました。いくつかのマスコミから、コメントを求められましたが、正直なところ、まったく心の準備がなかったので、戸惑いました。

 一般的な評価からすれば、代表質問の直前の辞任表明ですから、いい評価ができないのは当然でしょう。ただ、今まで教育という分野は、議論は華やかだけど、あまり腰を据えて突っ込んだ議論にならないのが通例でした。しかし安倍総理は、最重要課題と言い続け、何はともあれ国民的議論にしてもらいました。その点を私は評価しています。

 不況が長く続いた期間、経済の活性化のために公共事業にはかなりの投資が行われましたが、その間、教育予算はじり貧状態でした。教育再生を旗印にした政権が作る来年度予算に期待も大きく、伊吹大臣や池坊副大臣も教育予算を増やすということに尽力されていました。また、民主党はじめ野党も教育重視の構えを持っておられたことや、新しい指導要領の内容が、かなりいい内容になってきていることもあり、他の分野の対立とは別のものとして教育分野の改革は進むという期待をしていましたし、それは今も変わりません。

 また、安倍総理の退陣の理由の中に、教育を重視したということは入っていません。そうなると、私としてはどのような政権ができても、この教育を充実させる方向を持つことを最重要課題としていただくことを強く希望しています。

 近くで見ている安倍総理というのは、心身の状態がそのまま顔色に現れる方でした。今、健康のことが取り沙汰されていますが、私も何回か、顔色が悪いなあと思うことが何度かありました。ただ、会議でお会いするということもあって、表情を崩されるということはなく、いつも凛とされていました。

 余談ですが、今とかく話題にされる政治家ですが、私もいろいろな方と知り合い、本当にすごい人達だと思うようになりました。マスコミは権力を監視するのが仕事ですから、見方は厳しくなって当然ですが、私は同じ人間として考えた場合、あのエネルギ-や強さ、とても真似できるものではないなと思います。選挙というフィルタ-を突き抜け、国会に入るということは並大抵のことではありません。私は、政党を問わず、政治家をやっている人々をもう少し、尊敬して見ていきたいと思うようになりました。かつては、小渕総理や大平総理は在職中に亡くなりました。私たちには伺いしれない、総理にかかるプレッシャ-というものの存在を感じた今、きっと再生会議の委員ではなかったときとは違うものを私は感じていると思います。

2007年09月13日