今回のアメリカ視察では、イチローが所属するマリナーズの本拠地、シアトルにも行きました。日本で例えれば、尼崎や川崎。私が抱いていたシアトルのイメージは、そういった工業都市でした。岡山での学生時代、私は水島のコンビナートで輸出する製鉄の検品のアルバイトをしていました。その出荷先がシアトルだったのです。イチローがマリナーズに移籍した時も、「そんな街に行ったんだ」くらいにしか思っていませんでした。
ところが、実際に行ってみたシアトルの街というのは、抱いていたイメージとは真逆でした。日本でイメージするならば、函館が最も近いでしょうか。海、湖、山脈があり、そして美しい港もあります。そんな街には芸術家も集まり、そのためか、整備のされ方もアートがかっています。そんな街に住んでいるためか、人の心にもゆとりが感じられました。 たとえば、信号がきっちりと守られているだけではなく、通行量の少ない道路では信号がなくても、人が渡ろうとすると車が自主的に止まってくれるほどです。銃の乱射が報道される同じ国とは考えられないくらい、非常に穏やかな街で、私が描いている「住んでみたい街」のイメージとピッタリでした。とにかく文句のつけようがありません。
この街は豊かでもあります。街の規模自体は小さいながらも、マイクロソフト、ボーイング、スターバックスコーヒーという3つの国際企業が本拠地を置いています。日本のように、全てが首都東京にあるのではなく、それぞれの街から密着出てきた企業がそのままその土地に密着して本拠地となっているのです。全てを東京に集中させる日本と比較した時、考えさせられるものがありました。また、シアトルの美しさに合わせたかのような、企業の形があり、そこにも感動を覚えました。
そんなシアトルの街並みで、一番感心したのは地図屋さんとおもちゃ屋さんです。知的な品揃えとなっており、非常に刺激を受けました。これまた一方で「子どもにたし算をどう教えるのか?」という質問が出る同じ国とは思えませんでした。
シアトルの郊外にあるマイクロソフトにも行きました。社内ではソフトドリンクが飲み放題ということもさることながら、一番驚いたのは、ほとんどの人が午後6時には退社してしまうことでした。成長している企業だからできるのでしょうが、どこか心にゆとりが感じられ、人間が人間として生活を楽しんでいるように思いました。その光景を見ながら、老後の年金を気にし、自分たちの今の生活を楽しむ人が少ない日本でも、少し発想を変えるだけで、そういった生活ができるだろうな、などと考えていました。
今回のアメリカ行きのみならず、世界中を回ってみて思ったことは、日本の風景は、世界の様々な所と比べてみても、非常に美しいところが多いということです。日本の美しさには大いに自信を持っていいでしょう。緑が豊かで、美しい水がふんだんにある所はあまりありません。水道の水が飲めるということは、水道の技術が発達していること以上に、日本のもともとの水がきれいであるからです。そういう点でも、やはり日本人はもっと豊かで幸せになれるということを考えなければなりません。
その昔の江戸末期、外国人は「しかし、なんとこの国の民族は皆幸せそうな顔をしているのか」と言ったそうです。海外から見れば日本人は、持っているものは豊かとは言えなかったにも関わらずです。
私は、今の日本人が、せかせか動いているのは決して日本人の特質や伝統だとは思っていません。むしろ、以前からすると、今は特殊な時代にきていると考えています。私たちは、この国でもっと幸せになっていいと思うし、幸せになるために何が必要か考える必要があります。そうすれば、そんなにあくせくする必要はないでしょう。
バブル時代、金銭的には豊かでした。しかし、その中で生まれたのが過労死でした。決してくらしが豊かになったとは思えません。金に任せて、ピカソなどの高額の絵を買って世界中のひんしゅくをかいました。お金があれば、幸せではないと言うことをそこで我々は学んだのです。
反対に、今は非常に苦しい状況ではあります。しかし、その気にさえなれば、実は私たちはこの国で幸せになることができるのです。今の日本人は幸せになろうとしているでしょうか。例えば少子化が平気になってきているこの現実を見ると、そうは思えません。
私の願いは、子どもがいることの喜びを多くの人に感じてもらうということに尽きます。喜びを感じてもらうためには、子どもが伸びることが重要です。そのために、私は学力づくりに心血を注いでいます。
シアトルで幸せそうにしている人を見ると、日本人の今の生き方について危惧せざるを得ませんでした。
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